北大キャンパスをお散歩

北海道さんぽ

これまた1か月くらい前の日記でつ・・・(6月は一度もブログ書いてなかった。。汗)

実は北大キャンパスって、行ったことがなかったオイラ。
(たぶん子供の頃も行ったことないような・・・←記憶にはナイ)

ってことで、お散歩行ってきました。

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緑が美しい~。

北海道大学は、ご存知の方も多いと思いますが、もともとは札幌農学校として開校しました (1876年)。その時の教頭がクラーク博士。

この札幌キャンパスは、1,776,249㎡ もの広さ。東京ドーム38個分なんですって。

札幌キャンパス以外にも、函館にもキャンパスがありますし、キャンパス以外の施設もたくさん。すべて合わせると、約6億6,000万平方メートル!!もうよくわからないけど!

でもこの広さは、日本一だそうです。”日本国土の約570分の1の面積が北海道大学” らしいですよ・・・。2番目の広さを持つのは東京大学ですが、総面積は北大の半分程度のようです。

※ キャンパス単体になると、北大じゃなくなります。

そんな北大。

ハルニレの木が美しい。
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人工雪誕生の地という碑を発見。
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1936年、当時の北海道帝国大学 (今の北大) の宇野教授が、雪の結晶を人工的に造ることに初めて成功したのだそう。

知らなかったよー。

そしてこちらは、生協。
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北大キャンパスは、徒歩よりも自転車の方がいいわー。てか、自転車じゃないと全部回るのは無理そうです・・・。

見渡す限りの緑。
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ギターを弾きながら歌っているカップルがいましたが、彼らが北大生とは限りません・・。

こちらは古河記念講堂
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とても素敵な建物です。

古河記念講堂っていったい何のかしら、、、ということで、北大のページから引用:

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1906(明治39)年、古河鉱業は足尾銅山鉱毒事件判決後も社会の非難を浴びていました。また政府は日露戦争後の財政不足のため、各地で盛り上がる帝国大学昇格運動に対応できずにいました。そこで、内務大臣で同鉱業の顧問も務めていた原敬が古河虎之助に寄付を勧めます。古河は帝国大学創設費として百万円を政府に寄付。そのうち約14万円が北大の前身・東北帝国大学農科大学に分配されました。

古河講堂はその時新・増築された8棟のうち現存する唯一の建物です。
*******************

へー。古河鉱業は知らなかったけど、「足尾銅山鉱毒事件」は知っている。。。
この時の有毒物質の影響って、今も残っているんですよね。

そしてそんな古河記念講堂の向いにいらっしゃるのが・・

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そう。クラーク博士の胸像です。

初めて見た!
これは、札幌市内にあるクラーク像の中で、最も古いものなんですって。

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このクラーク博士、本当にすごい人なんですよ (知ってるってねw)。札幌農学校時代にいたしょうもない学生たちのやる気を起こさせ、短い期間で成果を残してアメリカに帰っちゃったんですけど。

そもそも、クラークさんはアメリカのアマースト大学で授業を教えていたわけですが、その生徒の中にいたのが新島襄なんです。新島襄だよ。大河ドラマになった新島襄だよ!(いや、大河ドラマになったのは奥さんの方だけどww) あの同志社を設立した新島襄 (しつこい)。

新島襄が、日本政府にクラーク博士を紹介したのがきっかけで、クラーク博士が札幌にくることになったわけです。新島襄がアメリカに行かなかったら、北大も同志社もなかったかもしれん・・・

そして先日TVでクラーク博士の生涯を見たのですが、そのVTRの中では、札幌からアメリカに帰国したクラーク博士が、のちに病で床に臥せるようになってしまうのですが、新島襄がお見舞いに行っているシーンがありました。やるな、新島襄・・・

ってことで、なんか長くなってしまったので続きは次の日記にて!


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