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歴史の勉強 - 旧ユーゴ

昨日は、朝からちと
お隣の国モンテネグロへ行って来たですよ。

バスで1時間半と、近い隣国。

という事で、この旅12カ国目 & 今まで訪れた国25国となりました。

モンテネグロも、旧ユーゴスラビアだった国の1つ。
旧ユーゴって、6つの国で成り立っていた連邦共和国でした。オイラなりに勉強してみたのですけど、やっぱりややこしいよ(笑)。

以下、間違っているかもしれないまとめw

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国
構成国6カ国は以下のとおり:
マケドニア・クロアチア・モンテネグロ・スロベニア・ボスニアヘルツェゴビナ・セルビア
第2次世界大戦前に、すでにユーゴスラビア王国なるものが存在しており、その領土が元になっています。

1943年: ユーゴスラビア民主連邦として建国
1946年: 「"連邦人民共和国"の方がよくねー?」> 改称
1953年: ティトーさんが大統領に。クロアチア人なんだって。スターリンと険悪な仲になる(笑)
1963年: 「いやいや、やっぱり "社会主義連邦共和国"の方がしっくりくるべ」> 改称
1971年:  クロアチアの不満爆発。「ちょっとー、何でセルビア人が主導権握ってるわけ?」> クロアチアの春
1974年: 新しい憲法ができたよ! なんかね、それぞれの国が独立したけりゃしても良いよって、憲法に書いてあったんだって! 画期的だね!
1980年: ティトーさん永眠。ユーゴに衝撃が走る。同志ティトーよ・・・
1984年: サラエボで冬季五輪。ソ連に続く、共産主義国での2度目の開催。ワォー!

この辺りから、コソボ (自治州) が「共和国に格上げしてくれよー」って言い出す。

コソボ問題で、セルビア人が「介入だー!」といきまき始める。

セルビア人が抗議のためにスロベニアに列車で行こうとするのを、クロアチアが「そうはさせん!」と国境封鎖で阻止してみた。セルビアとクロアチアが険悪に・・・。

セルビアのミロシェビッチは暴君だ・・・というのは、私の勝手な感想(笑)。

1990年: スロベニアで独立を問う住民投票。投票結果>「そりゃ独立でしょ!」
1991年: クロアチアもちょっと住民投票やってみた。クロアチアに住むセルビア人ボイコット! だもんで、連邦政府が独立認めず。戦争突入の事態に (クロアチア独立戦争)! くそー、セルビア人め!!
1991年: スロベニア独立が認められる。第一号!!
1991年: クロアチアも独立したっぽい!
1992年: ボスニア・ヘルツェゴビナも、「俺らもー」って一方的に独立宣言(笑)
国がどんどん独立し始めたユーゴ。

だもんで、セルビアとモンテネグロが、「じゃぁ、いいよ。俺たち2人で連邦共和国じゃ」ということになり、2つの共和国によるユーゴスラビア連邦共和国になる。

2003年: 「ユーゴって名前、やめようぜ」ということで、「セルビア・モンテネグロ」に改名。
2006年: モンテネグロが、「俺さ、ピンで生きるよ」と言い出し、コンビ改称。ま、もともと期限付きコンビだったんだけどね。
2008年: コソボが、「俺らを忘れてもらっちゃ困るぜ!」と熱くなり、一方的に独立を宣言してみた。ほんで、コソボ共和国って名前にしてみた。でも、国連加盟国の3分の1しか認めていない様子(日本は認めてるんだって)。

セルビアの自治州だったわけなので、面白くないセルビア。だからってさ、ひどいんだよセルビア。コソボをセルビア人の難民指定地区にしたりしてさ、どわーっとセルビア人が押し寄せちゃったり。なんか、オイラの中のセルビアが微妙になってきました(笑)。旅の順番としては、セルビア>コソボですわね。逆だとセルビアに入れてくれなさそうだし。

まー、こんな感じですよ、奥さん。
ニュースで聞いたことがある程度だったのですけど、本当に複雑です。そして私が生まれてから戦争があった土地なので、やっぱり複雑です。

上の年表を見ても、本当につい最近の出来事なんだなぁって・・・改めて思いますね。
そしてこの旧ユーゴだった国々には、まだ戦争の跡が沢山残っているといいます。
今いるドブロブニクの山中には、最近まで地雷が埋まっていたのだとか。
最後までユーゴから独立しなかったモンテネグロ。

その日記は次で~☆


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