青山霊園さんぽ ~ 坂の上の雲

お墓 日本史さんぽ 東京さんぽ

さて、青山霊園さんぽの続きです。今回はほぼ日露戦争関連デス(ヲイw)。
まずは島村速雄さん。
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あんまり知っている人はいないのかもしれませんが・・・(汗)。

日露戦争で、東郷さんを参謀長として補佐した海軍軍人さん。ドラマでは舘ひろしが演じていて、超かっこよかった・・・(そこかいw)。

度量の広い人だったそうです。いいよね、そんな人が上司だと・・・。

そして島村さんのすぐお隣にいらっしゃるのが、これまた同じ時代を生きた人。
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小村寿太郎さんです。
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小村さん、ハーバードも出ててすごい人なのに、お父さんの借金返すので、えらい大変な生活を送っていたそうです。

小村さんは、単身アメリカにわたり全権大使としてポーツマス条約 (日露戦争の講和条約) を結んだ人。彼がアメリカに渡るときは大人気だったそうですが、条約を結んで帰国した時には、真逆の世論になっていました (小村さんはアメリカに行く時点で、すでにそうなるだろうと知っていた)。

というのも、この講和条約では戦争賠償金を得ることができなかったから (約20億円で、4年分の国家予算)。おかげで極貧日本では暴動がおこったりしてしまいました (戦争のために、国民は生活を切り詰めて軍事費をねん出してたので)。

最後は、結核で亡くなってしまいます。波乱万丈人生。

そして、今回一番の目的のうちのお一人。ついに~!!
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乃木希典さんのお墓~☆

「まれすけ」 というお名前なので、うちでは 「まれちゃん」と呼んでいますw
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奥様と一緒に並んで眠っています。このお墓のすぐ向いには、戦争で亡くなった息子2人のお墓も並んでいます。

 

乃木将軍。

 

実はこのお墓のすぐ近くに、彼の家と彼をまつった神社 (乃木神社) があります。
そしてそのあたりの地名は、乃木坂

乃木さんは、西南戦争に参加し、日清戦争で功績を残した人。
日清戦争後は、田舎でのんびり暮らしていたのですが、西南戦争で一緒に戦った児玉さんがある日やってきて、日露戦争に引っ張り出されてしまいます (児玉さんのお墓は、多磨霊園に。その時のブログはこちら☆)。

日露戦争では、中国の旅順攻撃を任されます。
そして彼の部隊は、大敗。大勢の死者を出してしまいました。

でも、旅順は日露戦争最大の激戦区。乃木大将はその功績を高く評価されることとなります。そして戦後、学習院の学長にも就任しました。

乃木さんは、本当に人徳があったようで、彼のためなら死をも厭わないという兵士が多かったのだそうです。でも、乃木さん本人は大量の戦死者を出したことを生涯悔やみ悩んでいました。

そして明治天皇が崩御され大葬の日、今の赤坂にある自宅で、奥さんと一緒に自害してしまったのでした・・・・。(前の職場のすぐ近くにあったのですが、その当時は全くそんな歴史を知らぬまま何度も前を通っていました・・汗)

その後彼の死を悼んだ人たちにより、乃木さんを祀った乃木神社がたてられ、乃木坂という地域ができました。

乃木さんが自害したのは、1912年。
ちょうど100年前のことです。

彼もまさか、自分が死んだ100年後に、

 

乃木坂46

などというふざけたアイドルグループの名前の一部になっているなんて、想像もしなかったことでしょう。平和な日本です。

あっぱれまれちゃん。

いやー、まれちゃんについては色々あるのですが、もうこの辺でやめておきますw

※ ちなみに、うちの相方の名前は、乃木将軍のお名前から1文字いただいています。だから余計に乃木さんに興味が湧いているのかも・・・・・笑

ってことで、すっかり夕方になってしまったこの日。
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続きはまた次のブログにしまーす☆
(墓地で3回シリーズに・・・・笑)


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Comment


  1. hiroshi より:

    乃木希典さんは明治天皇の後追い自決されたんですよね。
    奥様も一緒に。 日清、日露の戦争に勝利した帝国は
    太平洋戦争に突入して行く訳ですが、山本五十六元帥は
    若い頃ハーバード大学に留学した経験があり油田とか、
    自動車産業航空機産業に感銘を受けて、その後
    ロンドンにも、他のヨーロッパの国も訪問してます。
    当時の Round The Worldですね。
    それで日本の国力の弱さを知ってるので戦争に
    反対だったそうです。見聞を広めるって大事ですね。

    • daidai daidai より:

      日清日露で軍事国家として変な自信がついちゃっての太平洋戦争ですから、本当の国力を知っていた人からしたら、あり得ない戦争だったと思います。
      五十六さんは最後まで反対だったみたいですね。映画山本五十六もみましたが、正直戦死されて良かったんじゃないかとすら思いました。
      ずっと反対だったのにあのまま生き残っていたら、戦犯としてきっと裁かれる羽目になってもっとつらい目にあったんじゃないかと思います。

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